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りんけんバンド

りんけんバンド

沖縄音楽シーンの先駆者“りんけんバンド”

90年代、デビュー作「ありがとう」のヒットから沖縄ミュージックシーンを牽引し続け国内はもちろんのこと、言葉や人種の壁も超越し海外でも高い評価を受けています。また、りんけんバンドの歌詞や音楽スタイルは文部省指定学校教材でも紹介されています。

言葉では到底言い表せないエネルギーの奔出、この上なく楽しく元気が出る音楽。

楽しさが後をひき、体験者の多くがリピーターになるという現象や、何も知らない幼児がりんけんバンドのCDに合わせて踊り出すといった自然な反応など、なにも構えず真っさらな状態で接する時にひき起こされる現象の根本は、同じことなのかもしれません。それは、りんけんバンドの音楽が持っている力、人を動かす力、身体の奥深くに直接響く根源的なもの、それこそが本来の“癒し”と言えましょう。普遍的な力の存在が確認できる“りんバン体験”をお薦め致します。

『りんけんバンド』はリーダーの照屋林賢が1977年に結成以来、三線、島太鼓などの沖縄の伝統楽器と、ドラムス、キーボード、べースなどの現代的な楽器を巧みに融合させ、「沖縄ポップ」といわれる新しい音楽のスタイルを追求しているグループです。オリジナルの全楽曲を林賢が作・編曲し、それらの詩曲が稀代の歌姫・上原知子によって歌われる時曲に生命が吹き込まれます。ポップで力強く、心躍る沖縄特有のリズム。清らかで美しく、心地よいメロディと歌声。歌詞はすべてウチナーグチと呼ばれる沖縄方言で歌われ、カラフルなコスチュームで勇壮な“エイサー”が踊られるステージは、華やかそのもの。そして、観客と一体となって繰りひろげられる“カチャーシー”は、南国の熱気一色。

沖縄のカルチャー<言葉と伝統芸能>を土台にしながら、“なんくる”(=自然なまま)に、そして自由奔放、積極果敢に音楽の世界航海を続けるりんけんバンドは、新たな出会いを待っています。

ホームページ http://www.rinken.gr.jp/

前川 守賢  

前川 守賢

まえかわ しゅけん

昭和35年1月28日旧正月元旦生まれ。

命名されるまでの童名(わらびなー)が「元ちゃん」だったことから、そのまま愛称となり現在に至る。21歳のときオリジナル曲「かなさんどー」でデビュー。

2010年、芸暦30周年を記念に、前川守賢工工四大全集とアルバム「これからもかなさんどー」を発売。

仲宗根 創  

仲宗根 創

なかそね はじめ

1988年、那覇市生まれ。3才頃より祖父の影響を受け、民謡を歌い始める。

1994年、金城秀之氏に師事。

1997年、松田弘一氏に師事。

2000年、照屋林賢氏プロデュースの民謡歌手オーディションでグランプリを受賞し、『アッチャメー小』でCDデビュー。全国放送TBS『日立世界ふしぎ発見!』にて紹介される。 2001年、琉球放送『新春民謡紅白歌合戦』初出場。

2003年、登川誠仁氏に師事。

2006年、コザの民謡クラブ『なんた浜』にてレギュラー出演開始。(〜2012年)

2007年、『沖縄全島ナークニー大会」にて最優秀歌唱賞受賞。

2013年、自主レーベル‘マルナカレコード’を立ち上げ、2枚目となるCD『歌ぬ糸』を発表。琉球民謡協会主催の民謡コンクールにて、「民謡大賞」受賞。全国放送NHK「SONGS」宮沢和史氏編にて、自身が開く民謡研究所が紹介される。

2014年、児童向けクリスマスソング『サンラークルーシュー』をプロデュース、発表。(歌/クガナーズ 詞・曲/仲宗根創 編曲/石川一機)

2015年、沖縄芝居「割符(わいふ)」地謡初担当。『第26回新唄大賞』にて、自身の提供曲「恋し生まり島」(歌/糸数寛希)が「作曲賞」に選ばれる。琉球民謡協会より教師免許授与。
CDデビュー15周年を記念した『仲宗根創歌道15周年記念コンサート〜歌い福い〜』開催(うるま市・うるま市民芸術劇場)。

2016年、「第27回新唄大賞」にて、自身の提供曲「歌ぬ花」(歌/新垣成世)が「歌唱賞」に選ばれる。自主レーベル‘マルナカレコード’を‘2FEE RECORDS’に改名し、3rdアルバム「辿―Ten―」を発表。8月全国版週刊誌「週刊金曜日」にて紹介される

現在は、県内外様々な舞台やライブ、テレビ・ラジオ等に出演する傍ら、民謡研究所を開き、生徒育成にも取り組んでいる。また最近は、民謡・沖縄ポップスと、自作の楽曲を他歌手へ提供するなど、創作活動にも励んでいる。琉球民謡協会教師。

村吉 茜  

村吉 茜

むらよし あかね

1988年沖縄県久米島生まれ。

祖父は沖縄芝居の名役者、母も叔父もいとこも民謡歌手という芸能家系で育つ。

15歳で琉球民謡協会から新人賞受賞。16歳で琉球國民謡協会から優秀賞を受賞。17歳でラジオ沖縄主催新唄大賞にて、楽曲「美童ぬ花」でグランプリ受賞。同年、最高賞受賞。18歳で琉球國民謡協会から、民謡大賞を受賞。19歳には本格的に唄の活動に入り、2008年に1stアルバム『美童ぬ花』をリリース。同年三月にはロンドン大学などイギリスにて公演。2010年には大阪琉球フェスティバル出演。2013年教師免許取得。沖縄を中心に県内外で活動中。

ティンク ティンク

ティンクティンク

沖縄を代表するアーティスト“りんけんバンド”照屋林賢がプロデュースする本格派女性ヴォーカル・デュオ。

波名城 夏妃
はなしろ なつき
1995年3月18日生 出身:沖縄県(宮古島市)

2015年12月新メンバーとして加入中学生から本格的に民謡をはじめる。活発で元気な歌声と三線でステージに花を添える。 平成22年宮古民謡コンクール(最高賞受賞)

豊永 愛子
とよなが かなこ
1994年12月13日生 出身:沖縄県(沖縄市)

2015年12月新メンバーとして加入

8歳の頃から琉球舞踊、組踊を習い始める。琉球舞踊を取り入れた可憐なステージパフォーマンスが魅力。琉球古典芸能コンクール舞踊優秀部門(優秀賞受賞)

我那覇 せいら

我那覇 せいら

がなは せいら

2月14日生出身:沖縄県(恩納村)

2011年ティンクティンク加入。2014年ソロ活動開始。

6才から琉球舞踊を習う。
最近では三線も本格的に習い始めステージで披露する程の腕前に成長。

琉球古典芸能コンクール舞踊優秀部門(優秀賞受賞)

沖縄市芸能団体協議会

沖縄市芸能団体協議会

沖縄市芸能団体協議会は昭和57年9月に発足した古典芸能の団体です。

発足以来、沖縄の伝統芸能の継承と発展をめざし二年に一度の芸能公演や入賞者激励公演などの活動を展開してきました。また、沖縄市国際カーニバル、沖縄市産業まつり等沖縄市の行事にも積極的参加いたしております。

泡瀬京太郎 アワセチョンダラー

泡瀬京太郎

あわせ ちょんだらー

京太郎(チョンダラー)とは「京都から来た太郎」を指し、数々の芸を演じた門付け芸人とその芸能の意味。

琉球王朝の17世紀初期ごろ本土から沖縄に渡ってきたといわれ、明治初期まで中南部まで出かけ、祝儀には万歳を奏し、余興に鳥刺し舞や馬頭をつけた踊りを演じていた。また、人形を携えて人形芝居を演じ、家々で法事があるときには供養の念仏歌を歌っている。

泡瀬の京太郎(チョンダラー)は明治39年にコー(がん)の仕立祝・泡瀬ビジュルと川之毛の改修の祝いの出し物として泡瀬で上演されたのが始まりで、今年で105年を経過することになる。京太郎芸は、世界文化遺産としてユネスコ登録された「組踊」へ大きな影響を与え、田里朝直作品「万歳敵討」に類似性を見ることができる。

泡瀬の京太郎は、はじめの「早口説」で道行(みちゆき)の状況を表し、「扇子の舞」、「御知行の歌」を踊り、「馬舞者」の狂言で京太郎の笑い部分を表現し、最後に「鳥刺し舞」を踊り、敵をすっかり油断させ、仇をとるという筋書きである。

泡瀬の京太郎は昭和54年に沖縄市から、55年に無形の民俗文化財として県指定を、また平成17年には「記録作成等の措置を講ずべき無形の民俗文化財として」国選択を受けた。

泡瀬京太郎保存会では、昭和33年創立以来年には創立55年を迎えることになり、今後とも沖縄市・沖縄県を代表する無形の民俗文化遺産として、広く県内外への文化発信を行うべく日々の芸研鑽にまい進している。

園田エイサー

園田エイサー

そんだ えいさー

園田エイサーは、旧越来村西里集落(現:嘉手納基地内)のヤキマージエイサーが戦後園田に移り今に引き継がれているものです。

ヤキマージエイサー時代には男性だけのエイサーでしたが、1959年に名称を園田エイサーに変えると同時に女子の手踊りも加わるようになりました。実績としては1997年に全島エイサーまつりに変わるまでの21年間で7回の最多優勝を含め15回の上位入賞を果たしました。

特徴はテンポの早い曲に切れ目のない曲のつながり、大太鼓、締太鼓の力強いバチさばきです。それと同時に男手踊りは勇ましく、女手踊りは優雅な動きにも注目してほしいと思います。

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